阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)

1995年1月17日・地震

1月17日5時46分、深さ16kmでマグニチュード7.3の地震がありました(消防庁)。内閣府の教訓情報資料集は、震災による死亡者の9割以上は死亡推定時刻が当日6時までで、ほとんどが即死状態だったとしています(後から認定された関連死は含まない記述)(内閣府)。

被害の数字

死者
6,434人行方不明3人出典
兵庫県の関連死
919人直接死5,483人出典
住家の全壊
104,906棟半壊 144,274棟出典
停電
約260万戸1月23日に倒壊家屋などを除き復旧出典
断水
約127万戸全戸通水は4月17日出典

平成18年5月19日の確定報(消防庁)の値です。数字は発表の版で変わることがあります。断水の戸数は兵庫県のページの値(被災地全体)で、消防庁の確定報は約130万戸(厚生省調べ)としています(出典)。死因の割合は、死者全体か直接死か、死因の分け方が資料によって違い、国土交通省は「9割近く」が建物などの倒壊、東日本大震災の事例で引く防災白書は「80%以上」が建物の倒壊としています。下の図は兵庫県の直接死の内訳です。

地震で木造の家が道路側に倒れ、その前を調査員が歩いている芦屋市の記録写真
阪神・淡路大震災、1995年1月23日、兵庫県芦屋市大桝町。気象庁の現地調査のときの写真で、中央は倒れた木造の家。出典 気象庁「阪神・淡路大震災」特設サイトの「写真集」の写真を加工して作成。
兵庫県の直接死5,483人の死因
窒息・圧死3,979人外傷性ショック425人焼死403人
兵庫県の調査(平成17年)の値(出典)。

報告が挙げた教訓

国の会議や自治体が、この災害のあとにまとめた報告から、家庭でできることにつながるものを選びました。見出しは当サイトの要約で、本文は報告の言葉を短くしたものです。

1寝ている場所を安全にする

内閣府の教訓情報資料集は、震災による死亡者の9割以上が当日6時までに亡くなっていて(関連死を含まない記述)、死因のほとんどは家屋の倒壊や家具などの転倒による圧迫死だったとしています。負傷の多くも、家具などの転倒、家屋の倒壊、落下物によるものとされています(出典)。兵庫県の調査では、直接死の72.57%が窒息・圧死でした(兵庫県)。

いまの備え方は家具の転倒防止に。

21981年5月以前(旧耐震基準)の建物

国土交通省は、死者の9割近くは建物などの倒壊が原因で、今の耐震基準を満たさない昭和56年(1981年)以前の建物に大きな被害が出たとしています(出典)。

いまの備え方は自宅の耐震を確かめるに。

3助け出したのは、家族と近所の人

令和6年版の防災白書は、生き埋めになった人の約8割が家族を含む「自助」や近所の人などの「共助」で救出され、救助隊などによる救出は約2割程度だったという調査結果を挙げています(白書の出典は研究者の論文)(出典)。

いまの備え方は家族の安否確認に。

4電気が戻ったときの火事

内閣府などの報告によると、出火の原因が分かった火災の約6割が電気火災でした。停電から電気が戻るのに伴う電気火災(通電火災)も起き、その対策の必要性が認識されるきっかけになった、としています。これを契機に、感震ブレーカーの普及が提案されてきた、としています。初期消火では消火器が最も多く使われ、成功率も約5割と最も高かったとも書いています(出典)。

いまの備え方は感震ブレーカーの種類と選び方に。

5水とトイレ

水道の全戸通水は4月17日でした(兵庫県)。断水で水洗トイレが使えなくなり、神戸市で全ての避難所に仮設トイレが行き渡ったのは約2週間後でした。トイレを控えようとして、食料や飲み水を口にしなかった避難者もいました(内閣府)。

いまの備え方は携帯トイレは何回分に。

ほかの災害

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